2014/7/6(日)3776(みななろ)の日、後編

3776の一連のごたごたの件について、何を書いても、重要な部分に憶測や主観が入り込むのは避けられないと思います。したがって、以下の記事もそのつもりで読んでいただきたいと思います。勿論、記事の内容についての一切の責任は私にあります。

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7/6は3776(みななろ)の日の後編。前編(3/7)のこの動画で観たときから後篇を非常に楽しみにしていた。

前編の時には無かった新曲「ニュートラル」、「序曲」が増えているし、その新作CDの発売の2週間後という絶妙のタイミング。前編は平日だったが後編は日曜日。これは確実に観に行ける。

しかし、その時全く予想していなかった事態が起こっていた。れなの脱退と、ひなの謹慎の末の脱退。*1非常に楽しみにしていたはずの3776の日、後編であったが、その2週間前と同じく複雑な心境のまま富士宮に向かった。

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この日のイベントは、事前に予告されたように「参加型公開運営会議」とライブの2本立てだった。
公開運営会議は、「ご意見カード」、「レッドカード」、「グリーンカード」などを事前に購入して、カードの種類に応じて、意見を述べたり、誰かの発言を封じ込めたり、議題を提示できるなどの権限を行使できるという仕組みであった。また、議事の中で出た意見は、メンバーそれぞれが、「いいね」「考えておく」「ノーリアクション」などの判定を下し、「いいね」がメンバー3人全員から出された場合は、チェキ特典になる仕組みで、できるだけ今後の前向きな意見を出すような仕組みになっていた。また、使用しなかったカードは後で返金される、良心的な設定になっていた。

とりあえず私は「ご意見カード」だけを事前に購入した。

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第1部は公開会議で、第2部がライブだった。

この順番では、もし公開会議が微妙な空気で終わった場合、ライブに支障が出るのではないかと思ったが、後から考えるとこれがまず1つ目の伏線「的」な要因だったと思う。事態の進行をある方向に持って行く計画や意図があったという意味ではなく、もしこれが逆の順番だったらまた事態は変わっていたかもしれない。それほど事態は微妙で流動だったと思う。


第1部が始まった。1曲「心配のタネ」が披露された後、石田プロデューサーが司会、メンバーのまりりん、ちい、すみれが席に着く。それ以外に3776の運営のお手伝いをしているKさんもステージに上がり議論に参加することになった。
このKさんの事を石田Pはちょっと冗談めかして「影のプロデューサーが出てきました」と紹介した。Kさんご本人もまりりんからも、それについてはやんわり否定したのだが、これがこの日の2つ目の「伏線的」な要因だったと思う。


さて、肝心の公開会議の議事だが、結論だけ書くと、観客は最後まで様子見のまま、終わってしまった。
議事の最初の方で、「メンバーを増やすか?増やすとしたらどうやって?」という議題のところで、「過去のメンバーが帰って来やすいようにする」という意見を言おうかかなり迷ったが、議事の最初の方であったので、様子見のまま発言しなかった。ここも後で考えると「伏線的」な要因の1つであった。

その場にいた恐らく全員がもやもやしたまま、第1部は終わり、休憩になった。

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休憩時間にKさんを囲みながら少しお話をした。アイドルどころか芸能活動に理解のない地方の地域で、アイドル活動を行う苦労話を聞き、目から鱗であった。
「裏の会議の方が盛り上がっているね」で笑ったが、この休憩時間が長かった。40分以上だったろうか。「メンバーが疲れてしまって」と石田Pはおっしゃっていたが、後から考えるとこれも「伏線的」だった。

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第2部のライブが始まった。冒頭、今日のライブは特別な趣向として、通常のスピーカー以外に左右の後ろにスピーカーを設置しギターの出音だけパラアウトするという説明があった。これがまた素晴らしかった。
後で石田Pに聞いた所、ハードオフで買ってきたギターアンプを2個設置しそこにギターのトラックをパラアウトしただけなのだが、左右のギターのフレーズのアンサンブルとか、ディレイで飛ばされる音とか、パンが動くフレーズとか、一種のサラウンドで、新鮮に聴こえた。私は、第1部のもやもやのことは完全に忘れさってノリノリでライブを観ていた。ちなみにPA卓の石田Pもノリノリだった(笑)。


音の方に注意を払っていたため、その時は気が付いていなかったのだが、ステージ上のメンバーの表情に笑顔が少なかったようだ。これも後から思い出してみればという「今日の伏線的な」ものの1つだったと思う。


<セットリスト>
やっぱり君はそうさバッチリさ
みにきて!
さよなら小学生
わかってよねえ先生
序曲
私の世界遺産


本来はここで終わるはずだったのだろう。まりりんが第1部の会議のことで少し補足として話し始めた。

  • Kさんはあくまで運営のお手伝いをしていただいているだけで、影の支配者でない。(運営やプロデュースは行っていない。)
  • 現場でよく見かけるもう一人についても同じような憶測がでているがうちの父です。忙しい時にお手伝いをしているだけ。あくまで運営やプロデュースは石田さん1人が行っている。

誤解のないように言っておきますということだった。


続けて、先ほどの公開運営会議について。

  • あまり意見が出ず盛り上がらなかったが、観客の皆さんが真剣に思っている事は言えてないのでは?
  • それぞれに思っている事はあると思うが、その1つに過去のメンバーに戻ってきて欲しいという意見もあるんじゃないか?
  • まりも他のメンバーもファンも同じように戻って来て欲しいと思っている。けれど、辞めたメンバーは3776(のやり方)に着いて行けなくて、自分の意思で辞めて行った。
  • れなちゃんのことも、公式発表であったような事が、きっかけの一つかもしれないが、最後は自分の意思で辞めた。
  • れなちゃんとは話し合った。れなちゃん自身は一部のファンのせいで辞めたのでないと言っている。
  • 戻ってきてほしいのはやまやまだが、本人が決めた事なので(戻ってくる事は難しい)。


さらに、このタイミングで言うのは申し訳ないがと前置きして、まりりんは話を続けた。

  • 自分も前々から卒業を考えていた。
  • 落ち着いたらと思っていたが、3776にいろいろな事があって落ち着かず、タイミングを逃していた。
  • 日にちはまだ分からないが、卒業することに「決めた」。
  • 来年短大の卒業なので、それまで最後の日がいつになるかは分からないが、最後まで頑張る。
  • 3776を始めた時は7人で頑張ろうと思ったが、結局上手く行かず、もう残った2人に託すしかない。
  • これからも3776のことをよろしくお願いします。

「さっきの会議のままだとまた色々な憶測をされてしまうので、これだけは分かって欲しい。」と締めくくった。
まり、ちよの、すみれ号泣。

先ほどの至高の音の空間の体験から醒めやらぬうちに聞かされたショッキングな発表だった。


石田Pもこういう展開を予測していなかったようで、「酷だが、これで幕引きにするわけにはいかないので、最後もう1曲やって終わりにしよう」と言った。

曲は最初にパラアウトでやっていなかった「心配のタネ」。


至高のサラウンドサウンドがまた始まったが、頂上は氷点下で地下はマグマがにえたぎっている富士山のように、私のひとつの体の中で、複雑な感覚が渦巻いた。


「以上、富士山のように皆なろう。みななろでした。」
まり、ちよの、すみれ、奥で号泣。

石田Pが一言。「会議もう一回やらないといけない。」


その後、割と無事に物販。まりりんに「あなたが3776のリーダーで本当に良かった」と感謝の意を伝えた。


この日ずっとBGMでかかっていた「やくしまつえつことd.v.d」の音の印象だけは、来た時から帰る時まで変わらなかった。


帰りの電車の中で「もうアイドルはこりごりだ」と溜息をつきながら、最後まで見届けるしかないと思った。