厄介な異物を飲み込み続けた果てに本物の真珠となったEspecia
2016年2月28日恵比寿ザ・ガーデンルームにて、Especia、5人体制の東京でのラスト・ライブ。
思い起こすと、Especiaのライブに最後に足を運んだのは、2015年3月1日、プレミア ヨコハマで行われた、ミニアルバム「Primera」のリリースパーティだった。
「Primera」は、1曲目の前半を除けば、文句ない名盤だったが、いろいろ屈折した状況に疲れてしまって、すっかり現場からは遠ざかっていた。
今回、もなり、ちか、ちひろの3人も卒業してしまうという状況にも関わらず、直前まで行くかどうか迷っていたのだが、久しぶりに観た、前日2/27(土)の渋谷タワレコでの、アルバム「CARTA」のリリース・イベント。そこで、余りにも素晴らしいパフォーマンス(特にはるかのボーカル)に衝撃を受け、第2部に足を運んだ。
会場に入ると、客層が広がっているのが分かる。女性のファンも多くなった。小さい子供までいる。一方、先鋭的なアイドルオタクも増えた印象を持った。「最後の祭り」を迎える気持ちに溢れているのが良く伝わって来る。それを煽るように、客入れのDJプレイは、AORともシティポップとも無縁の品のないモノだった(笑)。
ライブが始まった。まずは、ナンブヒトシとの共演2曲。「最後」ということを煽り、ヤケクソ気味の盛り上がりも最高潮。そして、「以上、Especiaでした!」で一旦ライブは締まり、「金返せ」コールと、アンコールという予想通りの茶番(笑)。
しかし、ここからの展開が凄かった。
「海辺のサティ」「アバンチュールは銀色に」辺りではコール/ミックスと言う名の怒号がまだ酷かったのだが、MCなく曲間なく、寄せては返すメロウな曲とグルーヴィな曲の静かな波状攻撃がひたすら続く。
「サタデーナイト」辺りになると、アイドルオタクはやや置いてけぼり(笑)。「Saga」のはるか・もなりのボーカルの掛け合いの素晴らしさ。「L'elisir d'amore」のコーラスの美しいこと。
バックの黒幕に「Especia」の電光文字。VJもなく凝ったセットもないシンプルなステージ。舞台は高く、後ろからでも5人の端正なダンスがよく観えた。ただただ素晴らしソウル・ミュージック・ショウに体を揺らす、至福の時間が流れていた。何度目頭が熱くなったことか。
何度かグルーヴィで少しアップテンポの曲になると、盛り上がろうとするが、また次のメロウな曲でクールダウンさせられる。じらされるアイドルオタ。その間も、Especiaのダンスと歌はひたすら「クール」に続く。この1年の成長ぶりをさりげなく、かつまざまざと見せつけられた。
今から思えば、BiSの影響もあっただろうが、Especiaの運営/プロデュースチームは、早くから音楽マニアに受けるだけではダメだと意識していたに違いない。
楽曲派という層、アイドルオタクという層、どちらかにターゲットを絞るのではなく、それらを包含しつつ、面白いことをやっていく、そして、「『ショウビジネス』」としてEspeciaを成功させる」。このことを最上位の目標として強く意識していたのではないだろうか?
<2013年>
3月18日 1st Vinyl Record「Taste of Spice」の制作を発表。クラウドファウンディングにより製作費を募集。
5月12日 横浜港にて初めてのクルーズパーティー。
5月26日 Viva Discoteca Especia(梅田CLUB QUATTRO)初のフルバンドワンマンライブ。
この辺りまでは、楽曲派アイドルファンにとっての至福のイベントが続いた。
――Especiaみたいな“いい感じの音楽”って、強みもあるけど、よくないところもあるじゃないですか。
「身動き取れなくなっちゃいますよね。80年代ってずっと言ってると、そこから出られなくなっちゃう。この先そういう問題は起こりうるだろうなとは思っていて、だからどういう形にしようかなと。とはいえいきなりEDMとかにするわけにもいかないし。まあ深くは考えてないですけど、思いついたことをやったら、それまでと付かず離れずで提示できたかなと。vaporwave自体が80年代と繋がったものだし」
――でもいつかドン詰まりが来るとは思ってるんですね。逆に信頼できると思いました。
「そういうのがあったので、シングルを出すなら表題曲は僕じゃない方が作る方がいいっていうのは言ってました。それこそバブルと同じで、こんなことは続かないと思ってますよ」
http://www.cdjournal.com/main/special/song_of_the_heroines/645/14
その後、Especiaの周辺は少しずつ変わっていく。具体的にどれがどうという事は書かないが。今から思い返すと、「vaporwave」という言葉の流布も、音楽至上主義者へのカウンターパンチだと思っている。
そして、決定的な出来事が起こる。
<2014年>
12月14日 O-EASTで東京での初フルバンドワンマンという楽曲派にとっては念願のライブにて、若旦那とのコラボをリード曲に含むメジャーデビューEP発表というスキャンダルだった。
その後の、「ペシスト達による若旦那の受容」という命題は、哲学史上のマルクスによるヘーゲル受容と同じくらい難解で込み入ったものなので、ワタクシごとき傍観者には手に余り、これ以上書けないが、Especiaの運営/プロデュースチームにとっては、音楽至上主義者の神経を逆なでしても、それ以上に「『ショウビジネス』」としてEspeciaを成功させる」という目標の方が遥かに大切だったことは間違いないだろう。そして、その姿勢は、非難されるべきものではなく称賛されるべきものだ。
ふと気が付くと曲は「ステレオ・ハイウェイ」。再びフロアが騒がしくなった。昔からはるかのボーカルが印象深く、懐かしい曲だ。続き、新アルバムから「Over Time」。アルバム「CARTA」の中で一番好きな曲かもしれない。落ちサビのはるかのボーカルが素晴らしい。
もう生バンドは必要ない。ショウビジネス的なフェイクも必要ない。とうとうEspeciaは、実力派のダンスボーカルグループになった。厄介な異物を飲み込んだ、アコヤガイが美しい真珠を生み出したように。
「アビス」が始まった。冗長な部分がやや目立つアルバム「GUSTO」の中でも屈指の名曲だ。イントロのフレーズをオタクが大合唱。そこで歌うんかい!(笑)
最後の曲「We are Especia」が終わると、「それでは、以上、Especiaでした!ありがとうございました!」とだけ言い残して、ステージを去るEspecia。ここまで曲間の休みもMCも一切なかった。アンコールで、フォロアが明るいまま、出てきたと思ったら、再び「それでは、以上、Especiaでした!ありがとうございました!」
どこまでもクール。一方、最高潮の盛り上がりのフロア。思わず私も「ゴッソ!ゴッソ!」とやってしまった。
この「コントラスト」というより「コンフリクト」がEspeciaだったのだ。
思い出と現在(と未来)が頭の中で混在した、夢のような週末が終わった。
【付記】
2016年3月1日、EspeciaのメンバーのTwitterアカウントは、卒業する3人だけでなく、5人全員閉鎖された。ライブでも改めて実感したのだが、Especiaの核は、はるか・もなりのボーカルだと思う。2人のパートがあることで、曲がどれだけカラフルになることか。
その核を失う位なら、Especiaは一旦解散という形をとっても良かったのではないだろうか?さらに言うと、たとえ運営が解散商法に走っても許せる位に、その核は貴重なものだったと思う。ただ、運営/プロデュースチームもその辺りの重要性は十分承知の上だと思うので、余程の事情があったのだろうと思う。もなりのボーカルを再び聴ける日が来ることを切に願う。
そして、はるかは、今や日本の同世代の女性ボーカリストの中でもトップの実力の持ち主と言って過言ではない。新生Especiaがどのような形態になるにせよ、成功して欲しいと強く願っている。一旦Especiaから離れてしまった私が再びライブに行こうと思ったのは、今のはるかのボーカルを聴いたおかげなのだから。
- アーティスト: Especia
- 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
- 発売日: 2016/02/24
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