考えるリズム、感じる律動

憂鬱と官能を教えた学校

憂鬱と官能を教えた学校

 とにかく面白い、信頼できる、そして、胡散臭い(笑)。
 私にとって音楽関係の本としては、田中雄二氏の「電子音楽in JAPAN」以来の面白さでした。コード・モードについてある程度予備知識があったこともありますが、現役ミュージシャンが書いてることで内容が信頼できるし、よくまとまっていて、私なりの整理がつきました。バークリー・メソッドそのものについては、単純に自分が勉強してきたものをまとめて出しましたというものではなく、メタの立場や歴史的観点も踏まえて記述されている点が、一般の音楽教則本とは大きく異なるところです。「十二等分平均律」から「MIDI」までの大きな音楽の歴史の流れを俯瞰するという視点も大いに納得できます。音韻と音響 (音韻という用語は言語学の音韻論からの流用と思われる)の区別と使い分けも説得力があり分かりやすいです。
 最も興味深かったのは、律動と題されたリズムの話。アクセント言語とグルーブ言語、強勢拍言語と音節拍言語から、ウラ拍の話を絡めつつポリリズムの分析に至る所は圧巻です。この話ってどこまで独創的で、どこまで通説なんだろうか?ともかくここの説得力と分析の切れ味は抜群です。本書に「バークリー・メソッドにはリズムの理論がない」とありますが、他の書籍等でもリズムをここまで分析したものはないんじゃないでしょうか?
 私の場合、菊池成孔氏の音楽を聴いて気に入ってから、これを読んでることも、説得力が増している理由と思われます。本書でのリズムの分析が、DCPRG等の菊池氏の音楽創作活動にそのまま陸続きになっているのが素晴らしいですね。それから、繰り返しになりますが、どんな分析もメタの立場や歴史的観点からの検討が踏まえられているのが鋭い。そのため、論理がひとりよがりになってない。別の言い方をするとカルト化してない。そういう用意周到さというか、深さも感じられます。
 ただ、菊池成孔氏は、菊池成孔氏自身についてはメタの立場に立てないようです。まあ、そんなことができる人間はいないですが。全体を通して、「構造主義からポスト構造主義」だとか「ニューアカ」という言葉で連想されるものが、体臭のようにしみ込んでいます。これは世代的なものでもあるかもしれません。私は菊池氏より少し年下ですが同じような世代ですからよく分かります。自分の生まれた時代から逃れることはできませんからね。
 それから、こんな理論的な本に「憂鬱と官能を教えた学校」ってタイトルを付ける感覚。スノッブだなあ(笑)。菊池氏の別の著作に副題で「ロックとフォークのない20世紀」というのがあるのですが、それは氏の音楽体験がロックとフォークだけは経由していないという意味が含まれているそうです。私のようなフォークとロックから音楽体験が始まった人間にとっては、いい意味でも悪い意味でもこの人は「ジャズ」の人だなあと思います。それも含めて菊池成孔という人は強烈な匂いを発してます。 
 なにはともあれ、この本は音楽が好きなあらゆる人にお勧めできます。本書に書いてある鍵盤の図を見てキーボードで音を出しながら、言及されてる音源をYouTube等で聴きながら、読めば楽しいし、より理解も深まるでしょう。